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Innovative Story

NISSHAの開発者たちのものづくりに対する思いをご紹介します。

ディバイス開発秘話

~アイデアが製品化され世に出るまでの知られざるプロセス~

 ディバイス事業は、NISSHAの4事業の中でも売上が大きく、成長も著しい事業部門である。 1983年にスイッチ機能のみのデジタル抵抗膜方式のタッチセンサーの開発をスタートさせたことを皮切りに、手書き入力可能なアナログ抵抗膜方式や静電容量方式、そして最先端のフォースセンサーへと常に革新的な技術開発によりイノベーションを起こしてきた。 今では数多くのスマートフォン、タブレット端末や最新のゲーム機などに搭載されている。 華々しい成長の裏で積み重ねられてきた4人の技術者たちの実に地道な努力、そのエピソードの数々を紹介する。

西川 和宏 ディバイス事業部 技術開発部 部長

西川の発想 マンホールの「蓋」が導いた閃き

 今や老若男女問わず誰もが普通に使うスマートフォン、その操作は、画面に指で触るだけのシンプルなもの。いわゆる「タッチセンサー」の原理を簡単に説明すれば、指でタッチした部分の上下の膜が接触して通電することで発生した電気信号から画面上の位置を読み取り、さまざまな操作が実行されるというものだ。もともとはアメリカで開発されたこの技術に、NISSHAが取り組み始めたのは1970年代半ばだった。
 「私は1987年入社ですが、その頃既にタッチセンサーの開発は始まっていました」と、西川は約30年前の状況を振り返る。
 当時の開発課題は、手書き入力が可能なタッチセンサーの開発だった。これは後に世に出る『電子手帳』が手帳として動作するために求められる重要な機能である。
 だが、それまでのタッチセンサーは、単純に指で押された部分のON/OFFを検知するスイッチとしての機能しか持たなかった。西川らのチームは、まず他社製タッチセンサーのリバースエンジニアリング(製品の構造を分析し、そこから生産方法や動作原理、仕様などを調査すること)に取り組んだ。その構造を顕微鏡で細かく観察し、次に分解してメカニズムを徹底的に解析する。調べてみると、ON/OFFだけでもさまざまな仕組みが使われていることがわかった。
 目標は、紙に書くのと変わらない滑らかな書き心地を実現すること。そのカギは抵抗膜に組み込むパターンの形状にある。毎日のように試行錯誤を重ねていた西川は、ある朝、会社へと向かう途中、うつむき加減で考えごとにふけりながら歩いていた。そのとき前方の風景が一瞬消えて、マンホールの「蓋」だけが浮き上がるように目に飛び込んできたのだ。
 
「これだ! このパターンを応用すれば良いんだ」

 まだ携帯電話さえなかった時代である、写真を撮ることなどもちろんできない。絶対に忘れないようにと、西川はマンホールのパターンを目に焼き付けて会社へ急ぎ、席に着くと直ちにノートに描きとめた。このスケッチを元に開発された、NISSHA初のタッチセンサーが、電子手帳のキーパーツとして採用される。まさに今に続くNISSHAのタッチセンサーの原点である。
 なぜ、マンホールの蓋が、目に飛び込んできたのか。その理由を西川は次のように語る。
 「たぶん、一日中、最適なパターンを求めて考え続けていたからでしょう。開発部のメンバーは誰もが、上司から次のように言われていました。『問題にぶつかったら一日中考え続けろ。そうすれば答えは、夢の中に浮かんでくる』。それが私の場合は寝ている間ではなく、通勤途中の道の上で見えたのだと思います」
 西川が開発したタッチセンサーにより、クライアントは世界で初めて電子手帳の製品化に成功し、当時のビジネスシーンで一世を風靡した。以来、同社製の電子手帳には、常にNISSHAのタッチセンサーが採用された。

高畑 和彦 ディバイス事業部 新製品開発部 要素開発グループ グループ長

高畑の粘り 時にはキツツキと化して改良に努める

 電子手帳に搭載されたNISSHAのタッチセンサーの評価は高く、他のお客さまからも相次いで問い合わせが寄せられた。そんな中、タッチセンサーの性能に対する新たな要求が突きつけられる。それは、携帯ゲーム機に使われたタッチセンサーの耐久性の課題であった。
 通常、タッチセンサーに必要な耐久性のレベルは、製品開発の際にお客さまと取り交わした製品仕様書に定められている。これに基づく生産検査や性能検査を徹底した上で、製品の品質レベルが決まる。従って出荷前に検査を受けて納品されたタッチセンサーに関しては、基本的に問題など何も起こらないはず、であった。
「ところが、使っているうちに接触不良のような現象が起こり、ペンでタッチセンサーを押しても正常に反応しないというクレームが相次いで寄せられました。なぜ、そんなトラブルが起こるのか。早急に原因を解明し、対策を立てるようお客さまからお叱りを受けたのです」当時対応を任された高畑は、そう振り返る。
 高畑がタッチセンサーに関わった頃には、電子手帳だけではなく、携帯電話(いわゆるフィーチャーフォン)や携帯ゲーム機など幅広く採用されていた。問題が起こったのは、携帯ゲーム機向けのタッチセンサーである。子どもたちが夢中になってゲームで遊び、何度も何度もペンで画面を突いている内に、正常に反応しなくなるという。
 その話を聞いた高畑はまず、自分で試してみることにした。子どもたちと同じように正常に反応しなくなるまで、自分でひたすらパネルを突いた。ユーザーの操作で起きる不良を再現するには、実際にペンでパネルを突いてみるしかないと信じて。

「同じところを3000回ぐらい突き続けると、確かに接触不良が発生しました」

 問題を特定できれば、解消策は出てくるものだ。タッチセンサー材料の仕入先であるフィルムメーカーに改良を依頼した。ただし、一度改良できたからといって、それで安心してしまうようでは開発のプロとはいえない。
「素材の改良によりひとまず3000回で不良が出ることはなくなりました。だからといって、それで完全なタッチセンサーになったとは言い切れません。もしかすると3500回で再び不良が出るかもしれないし、1万回、2万回と繰り返したときにダメになる可能性もある。少なくともお客さまに責任をもって回答できるよう我々は、耐久性の限界値を掴んでおく必要があります」
 再び、高畑は開発室でパネルをコツコツと突き始めた。開発者が集まる普段は静かな室内に、まるでキツツキが木を突くような音が規則正しく響く。いつの間にか、高畑のその作業は「キツツキ試験」と呼ばれるようになった。当初は3000回でダメになったフィルムは、改良を重ねて2万回の連打にも耐えるようになった。
 突き方を均一に保つには、同じ人間がテストを繰り返すしかない。高畑は一人で2万回、ひたすらパネルを突いた。それは、箸を持つのがつらくなるほどだった。握力の低下を補うため、指にはゴム製のストッパーを付けてペンを固定し、それでも突き続けた。最先端の開発でもこのような泥臭い作業でしか、製品改良を進められないケースも時にはあるのだ。
やがて高畑は、自らの身体に蓄積したデータを元に、新たな耐久検査機を開発した。材料の改良と新型の検査機により、携帯ゲーム機として優れた耐久性を保証されたタッチセンサーは、お客さまからも高く評価された。

中村 一登 ディバイス事業部 技術開発部
要素技術二グループ グループ長

中村の探求心 身近な製品からヒントを見つける

 スマートフォンが初めて登場したのは2007年だが、それ以前にもタッチセンサーを備えた携帯電話、いわゆるフィーチャーフォンがあった。今ではほとんど見かけることもないが、2005年ぐらいには各社からバリエーション豊かな製品群があり、その中のいくつかにNISSHAのタッチセンサーが採用されていた。
 当社製タッチセンサーは、欧米系のメーカーが多く採用していた。各社からさまざまな要求が出される中でも、最も重視されたのがユーザビリティである。ユーザーにとって、いかに使いやすい製品に仕上げるかは、当時、広くグローバルでの展開を意識する欧米系メーカーには欠かせない視点だった。
 そのためには、タッチセンサーの部分は可能な限り薄く、同時に周囲の額縁部分を可能な限りコンパクトに押さえて、できる限り画面を大きくしなければならない。ところが、この要求は、タッチセンサーのメーカーには極めて難易度の高い課題となる。
 パネル部分を薄く、額縁をコンパクトにするためには、タッチセンサーで発生する電気信号を取り出す回路を工夫しなければならない。課題になったのは従来、パネルの周囲に存在し、かつ接続部分に厚みのあったFPC(フレキシブルプリント基板)を、いかにパネルに一体化させつつ接続するかだった。とはいえ、この問題を簡単に実現できるのなら、すでに他のメーカーが完成させているはずである。だが実際には、どこもそんな製品は出せていなかった。それほど難易度の高い要件なのだ。
 
「ここでNISSHAがブレイクスルーできれば、競合に大きな差をつけることができる」中村は、問題解決のヒントを探すためにLANケーブルなど差し込み端子を持つケーブルを、手当たり次第にばらしてみた。開発部の中では『合理性を追究すれば、自然に答えにたどり着く』という考え方が代々受け継がれている。私たち生命の進化を思えば何億年、何十億年と生き残ってきた生物の形や動きは合理性に満ちている。それと同じように、今、私たちの身の回りで当たり前に使われている製品から学べ、という教えだ。 中村は、身近な製品から何かヒントが得られないかと分解作業を続けた。そんな中で思いついたのが、FPCのピンを本体に差し込み一体化するという画期的な方法である。
 量産を考えるなら、ピンは差し込みやすい方がいい。けれども、耐久性を考えるなら、差し込んだピンが簡単に抜けるようでは困る。差し込みやすく、けれども抜けにくいという、まさにトレードオフとなる(相反する)要件を、一体どのようにして両立させればよいのか。

「カギはピンの差し込み方にありました。差し込む穴のサイズを、ピンよりも少し小さめに設定するのです。当然、そのままだとピンは入りません。そこで差し込む瞬間に超音波を当てて、穴の部分に熱を加えるのです。するとその周辺が溶けて穴が少し広がりピンがきっちりと入る。その後、直ちに冷やせば、穴はピンをしっかりとくわえ込みます」
 こうして中村は、見事にブレイクスルーを成し遂げた。この技術の創出によって、パネル周辺の回路の幅を細くしたり、FPCの圧着部分の段差をなくすという課題解決を図っただけでなく、スマートフォン前面の画面の見やすさやデザインの幅を広げる結果となった。
その後もタッチセンサーに対するコンパクト化やスリム化の要求は、年を追うごとに強まっていった。NISSHAがニーズに対応してきた結果、現在のスマートフォンのスリム化、大画面化、軽量化などにつながっている。  FPCを差し込むピンの大きさも、当初は2mm径だったのが1.2mm径にまで縮められた。お客さまの要求に確かな技術で応える一方で、生産効率も確保する。コストを抑えて効率を高めない限り、年々厳しくなるお客さまの要求を満たしながら、利益を確保することはできない。
「提示されたときに、『あっ、これは無理だ、不可能だ』と思ってしまうような課題ほど、いざ考え始めると没頭して面白くなる。私だけではなく当社の開発者ならみんな、同じように感じているはずです」
 中村が語るのは、開発スタッフに流れるNISSHAのDNAである。

村田 光佑 ディバイス事業部 技術開発部 要素技術一グループ

村田の柔軟性 素材のバラツキを前提とした
生産装置の改良

 タッチセンサーを搭載した製品が増えるにつれて、これまで主流だった抵抗膜方式での対応は限界に近づいていた。そこで耐久性、視認性、入力性などのさらなる機能のレベルアップのために開発されたのが、静電容量方式のタッチセンサーである。
 これは電気を帯びたタッチセンサーの表面に導電体である人間の指が触れることで生じる静電容量、すなわち電荷の変化をセンサーが感知し、入力位置を認識するものである。NISSHAが開発したフィルムによる静電容量方式は、独自技術のフォトリソグラフィ工法により、薄さと軽さ、高い視認性に加えて額縁部の回路の線幅を極小化している。
 競合となるガラスによる静電容量方式と比較すれば、厚みは6割以下、重量はわずか3分の1程度に収まる。ただ、本格的な量産体制に入るまでには約4年の歳月を必要とした。その理由は、素材のフィルムにあった。  もともとはロール状の大きなフィルムにフォトリソグラフィ工法を用いて透明な電極をパターン化し、そのフィルムをレイヤー状に何枚も重ねていく。
 そこで厳しく問われるのが、レイヤーとレイヤーを重ね合わせる際の精度で許容されている誤差は0.01%である。
 そこで問題になるのが、フィルムという素材特有の性質、つまり歪みである。ガラスと違ってフィルムは、ロール全面に渡って均一ということはありえない。
 
「ロール状のフィルムには必ずバラツキがある。これを大前提として、精度を高める方法を自分が見つける」

 村田は逆転の発想で課題を解消した。バラツキを避けられないのであれば、まず実際のバラツキのデータから高分子の熱的性質や機械的性質を掴む。このデータに基づいてバラツキを抑える補正値を弾き出し、フィルムに加工する装置の方で微調整するのだ。
「そもそも量産効率の高いロール状のフィルムでタッチセンサーを生産できるのは、世界中のメーカーの中で当社だけです。お客さまの高い要求精度を満たしながら、高い生産性を実現しているために低コストと圧倒的な競争優位性を備えています。だから、最新鋭の製品に使われているタッチセンサーは、ほぼ同社の独占状態となっているのです」

開発者がいくつもの課題に真摯に向き合い、時には無駄とも思えるほどの努力や忍耐で進化し続けてきたNISSHAのタッチセンサー。次なる新製品は、ユーザーの指の位置だけでなく、押したときの圧力の強弱を検知するフォースセンサー。

これらのイノベーティブなセンサー製品は、多くの時間をかけ、知恵を尽くした上で訪れるプラスαの閃きを加えることにより誕生する。いま大学の研究室で熱心に学ぶあなたが、これからの世の中を変えるようなセンサー開発の仕事に魅力を感じたなら、ぜひ、私たちのチームに加わって欲しい。