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社員インタビュー

海外赴任で分かった大切なこと
伝える難しさと面白さ
ナイテック工業 戦略系部門 Mさん 京都府出身。大学院では物質化学工学を専攻。修士課程を修了後、当社入社。
産業資材事業部のIMDの各工程業務に従事後、中国・昆山での生産工場の立ち上げに参加。
その後8年間、現地責任者として、副工場長、副総経理、総経理を担当後、 2013年に帰任し、新製品企画に携わる。現在は、ナイテック工業で生産性向上などに取り組んでいる。

何もわからず飛び込む勇気から得た仕事の面白さ

入社して最初に配属されたのは、産業資材事業部です。技術部門でIMD箔と金型の出来栄えを評価することが最初の業務でした。様々な方面から出来栄えを評価するというのは、なかなか難しい仕事ですから、上司や先輩から教えていただきながら少しずつ理解していきました。仕事が面白くなってきたのは、半年ほどしてからでしょうか。自らが行う作業の内容とその意味が、ようやく一致してきたのが一つ。もう一つの理由は、徐々にですがお客さまとのコミュニケーションが上手く取れるようになったことですね。年齢やキャリアに関係なく、どんどん社外に出て話をしていく職場で、もちろん上司や先輩のサポートもフォローもあるのですが、とにかく新卒で初めての仕事でしたから(笑)。面白くなるまでに時間は必要でしたが、恐らく他の人と比べたら、早くから現場を経験させていただいているので、慣れることも含めて早かったと思います。

予想外の海外赴任と家族の支え

海外への赴任は、不意のことでした。入社して10年経った時に、中国で生産工場を新設することになり、駐在する社員の日本側サポートメンバーのリーダーとして、当初は3ヵ月間だけの出張の予定で昆山へ行きました。ところが、出張対応するうちに、会社から駐在してほしいと言われました。最初は驚きましたが、新工場でキーパーソンとなる10人ほどの現地採用社員とは日本へ研修に来た時からやりとりをしていて、私の出張前に「このメンバーと一緒に仕事をしたら面白いかな」と思っていたこともありすぐに決心しました。ただ、一番の心配は家族のこと。小学校と幼稚園に通う子どもがいましたから、妻に話せばどういわれるのか。恐る恐る電話をして話してみると妻は意外にもあっさりと「私たちも一緒に行くよ。」と。後から話を聞くと、不安はあったそうですが、家族が一緒でいることが大切だと思ったようです。私としても、家族が中国へ来ることになって、仕事への意欲もますます湧いたことを覚えています。

海外赴任で思い出は…自分が出来ることに柔軟な考え方で取り組む

中国・昆山の生産工場(※1)では、現地の責任者として副総経理や総経理も経験しました。生産だけではなく、その工場の経理から人事、総務や法務などにも関わりました。大げさないい方かもしれませんが、そのころは現地責任者として、毎日事故なく一日が終わることが幸せでした。
責任者という立場には正直プレッシャーはありました。ただ、出来ることは限られているので、自分が出来ることに集中するようにしてからは、上手くいくようになりました。持論に固執してしまうと自分も縛ることになるので、柔軟性のある考え方を持ったことが良かったと思います。
話は変わりますがプライベートでの中国の思い出といえば、まとまって休みが取れた時に家族と旅行した「海南島」が印象深いです。「中国のハワイ」とも呼ばれる島の温暖な気候でのんびりできたことを思い出しますね。
また、暮らしていた上海でも家族と一緒に出掛けることも良くありました。子供たちも現地の日本人学校に通い、無事に成長してくれました。

中国で得たコミュニケーションの大切さ

私の経験だけかもしれませんが、中国の人は、よく「仕方ない」「方法がない」と言って議論を終わらせようとします。でも、私にはそれでは終われない責任があります。相手とのコミュニケーションが途絶えてしまってはいけないので、まずは、同調して「仕方ないね」とは言いますが、あきらめずに一緒に「次はどうしたら良いのか」を探っていきます。日本では、すべてを言わずとも分かってもらえることが沢山ありますよね。ですが、中国では違いました。私の説明が悪ければ思っている通りの結果は得られない。そのためには、相手の本音を聞きださないといけないことに気づきました。でも、よくよく考えれば日本でも当たり前のことです。本当に伝えたいことは、ちゃんと伝えるための努力をすることが大事だと思います。
会社という組織は、一人ひとりの仕事で成り立っているということも身に沁みてわかりましたし、人を大切にすることを怠ってはいけないと思いました。中国を離れて約3年。私と一緒に仕事をしたメンバーが今も昆山の工場に居ます。NISSHAグループの文化を理解してくれる人材を残せたことは良かったと思っています。

仕事の面白さはどんどん変わるもの

日本で働きはじめたころは、家族と一緒に電化製品を見に行くのが好きでした。そこにはIMDが採用された製品が陳列されており、自分の関わった仕事が形になり世に出るという面白味がありました。それが、海外赴任をして一つの工場を任された経験は、また違う面白さがありました。
仕事は多岐に渡りますから、特定の職場や地域にいるだけでは見えてこないことも多いのは確かです。見えないところで、仲間がどのように仕事に取り組んでいるのか。想像して視野を広く持つこと。海外赴任は、苦労することもあるとは思いますが、それ以上に得られることも多い大きなチャンスだと思うので前向きにチャレンジすることも大切だと思います。違う世界を見て「そういうこともある」と、自分の柔軟性を高めて受け入れていけば、より大きな成長に繋がるのではないかと思います。